残り少ない釣り師の人生

SFM

2020年09月07日 19:55

禁漁まで一ヶ月。

近いうちに釣りに行こう。
でも、その前に旨いもので一杯やろうじゃないか。

そういうわけで、集う釣り師たちの面子であるが、一応は山岳渓流志向。
一応というところが肝心である。

釣行への意欲は大いに歓迎したいところであるが、腰痛、足の痺れ、膝の軟骨の磨耗、痛風。
その気になって、釣行を阻害する要素を探せばいくらでも出てきちゃうのである。



腐っても山岳渓流。
ピンからキリまであるけれど、そう人にやさしい環境とは言い難い。
クルマ横付けなどは無理である。

物理的に釣り場まで辿りつけるだろうか。
要するに、サオがしなることはあり得るだろうか。

個人差はあるけれど、遅かれ早かれ等しく直面する現実がここにある。

まあいい。


ひと風呂浴びて、極上の料理とお酒を堪能する。













かつては、仏、サオ狩り、旱害、水害、悪食、などと穏やかならぬ二つ名を馳せた渓谷の曲者揃いではあるが、経年劣化が進んだ現在、前述のとおり五体満足とは言い難い。

はっきり言ってしまえば過去の人達であるが、いちいち口に出さなくても知り尽くした気心というものがあって、要するに得難い釣友たちなのである。


雪中貯蔵酒。



どういう風の吹き回しか下戸が覚醒し、己の限界を超える。

やれば出来るじゃねぇか。



上戸も下戸も境目なく、語り合うのは過去の成功体験。


負け惜しみに聞こえるかもしれないけれど、亀の甲より年の功と言わせて頂きたいのであるが。

この分野、なかなか生涯現役というわけにはいかないようであるよ。




放歌高吟が炸裂。



雨降らし男の十八番であるが、幼い孫の目にはどう映るのだろうか。




寝言は寝て言うものであるから、多少の事は大目に見なければならない。

僕は優しいのである。





明日は釣りを休んで、久しぶりに手打ち蕎麦でもやろうかね。

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