偉大なる渓谷を制した岩魚釣り師とは言え、一応は人の子である。
こう見えても、出生にあたっては、コウノトリが運んで来たわけでもなければ木の又から生まれたわけでもない。
いずれ、親の葬儀というものを避けて通るわけにはいかなそうである。
その場になって右往左往するようでは釣り師としていかがなものか。
そこで、葬儀業者にあたりをつけて、具体的な段取りなどを尋ねに出向いてみたところ、このような問い合わせはけっこう多いらしく、おおまかな内容と規模の見通しがついていれば概算の見積りが出ちゃう上に、いろいろなことがわかってきたのである。
他界する場所が病院であればさほど問題は無いらしいのであるが、自宅で逝った場合にはかかりつけ医に素早く死亡診断書を書かせることが肝心なのだそうである。
仮に、警察が介入して事件性を疑い始めると面倒らしいのである。
要するに、忙しい時に警察の相手をしなければならなくなるらしいのである。
そのあたり、第一発見者はうまく立ち回らなければならない。
実際の葬儀のお膳立てや斎場の手続きは業者に任せておけるようで、事前に概要を決めておけば滞りなくやってくれるそうである。
問題は
非課税で領収証のやり取りがないお寺のお布施である。
菩提寺が無い場合は、葬儀業者が僧侶を手配することが可能で、費用は戒名込みで金弐拾萬圓也を包めばいいそうである。
これはけっこうお値打ちらしい。
既に檀家になっている場合、お布施の相場はピンからキリまであって、世間ではそこが悩ましいようである。
「いくらぐらいお包みしましょうかネ?」
などと、訊いてみるのも一案であるが、お寺もピンキリで、檀家思いの慎ましいお寺もあれば、ここがチャンスとばかりにけっこう吹っかけてくるお寺もあって、そこは細心の注意が求められるようである。
加えて、黙っていると同業者を連れて来ちゃうから、余計に日当を支払わなくてはならなくなるようである。
くれぐれも読経はお一人様で頼みますヨと、釘を刺しておかなければならない。
さらに、初回に大盤振る舞いをしてしまうと、一度つけた高値はそう簡単に崩せないようで、二度目、三度目にわたり、多大な出費が続くことになりそうである。
現実的には、
業者価格を念頭に、先手必勝の指値を打ってから協議するのが現実的ではないだろうか。
さて。
お寺とはどの程度の付き合いになるだろうか。
本質的に、葬儀や法事などの類は、故人を偲ぶ遺族のためのものであって、はっきり言えば宗教関係者のために執り行うわけではない。
そのあたりを明確にしておけばいいのではないだろうかと思うところである。
近々、お寺を訪ねてみようかね。