夏岩魚 源流の釣り旅
この釣り旅はテン場を設えるまでが長くて辛い。
岩魚は足で釣れ。
それぐらいしか僕には能が無い。
やっていることはほとんど沢屋と同じである。
交通手段は無い。
通信手段も無い。
カネで買えるものは一切無い。
何か一つ手違いがあれば遭難に直結することが唯一の懸念である。
僕はここで三日間、誰にも会わずに岩魚釣りだけをして過ごすことになる。
何よりも、下界の猛暑から抜け出して溪の木陰を軽快に歩きたい。
予想してはいたけれど、やっぱり型は今一つ。
ここでも暑さの影響である。
まあいい。
着実に世代交代がされている証と思わなくてはならない。
型に拘らず、淡々とゲームをこなせばよろしい。
岩魚は距離を釣れ。
そのあたりがこの溪でのゲームの核心ではないだろうか。
凡そ、一本の毛鉤で10匹ぐらい掛けるのが目安。
時折、ただ機械的に岩魚を釣っているだけのようにも思えてくる。
そんな時。
ついつい釣れてしまったのがこれである。
尺二寸を超える大岩魚。
そんな心算はさらさら無かったのだけれど、釣れてしまったものは今更ながら仕方が無い。
きっと何かの間違いに違いない。
もう店仕舞にしてもいいんじゃないかと思うところだけれど、この溪からはそう簡単に帰れないから、釣りを続けるより他に無い。
貴重な尺が混じる。
テン場に連れて行く酒類であるが、やはりここは25度以上の蒸留酒に限る。
ビールや缶酎ハイも捨てがたいけれど、肩への負担が僕には過ぎる。
質量対効果とでも言うのだろうか、そういうことなのである。
昼はそうめんで麦焼酎。
食後の一服を燻らして、昼寝をしたり。
夜はすき焼きで芋焼酎。
焚火はウィスキーのとてもいい肴になる。
テン場の夜というものは、下戸には辛い一夜に違いない。
最後の日、釣りながら帰りの道中。
これまでとは打って変わって型が揃う。
淡々としたゲームではあるけれど、どこか品の悪い笑みが浮かぶ自覚ぐらいは僕にもある。
ここで竿を納める。
このあとは源頭を詰めて、稜線越えの長くて辛い道のりをこなさなければならない。
溪を独り占めした後は露天風呂を独り占め。
溪泊まりは浮世の垢を落とせるけれど、物理的に体が垢まみれになる。
何も言えない。
三日振りの冷えたビール。
「・・・・・。」
日本語になっていないのが我ながら情け無い。
やれやれ。
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