暑くても岩魚を釣るしか能が無い
残暑厳しき折であるから、釣果などは期待してはならないにも拘わらず出掛けて来てしまうのは、沢ぐらいしか僕には行く所が無いのである。
敢えて多くは語るまい。
要するにそういう事なのであって、こういう男の心中をお察し願いたいところである。
連日の暑さに当てられて、足取りもよろよろと我ながら心許無い。
さて、全く出ないわけではないけれど、掛かりが浅くてバレてばかりである。
釣り師として不徳の致すところである。
手元に取れた岩魚たちの型はどれも今一つであるが、時節柄、贅沢を言ってはならない。
この日の友。
カジカガエルの子供である。
鬼が笑おうと膝が笑おうとそのようなことは一向に構わないけれど、来年には初夏の使者になってほしいと成長を願うところである。
この良型も皮一枚の浅掛かり。
測ってみると、期待に反して尺には少し足りない。
はっきり言えば泣き尺である。
けれど贅沢は敵である。
ここで困った事案が発生する。
ライターが無い。
要するに煙草を喫えない。
お湯も沸かせないからカップ麵も作れない。
たかだか百円のライターが一つ無いだけで、釣り師というものは路頭に迷っちゃうのである。
万一、これが山深いテン場だったら死活問題である。
悪条件が重なれば遭難である。
愛煙家であれ、嫌煙家であれ、ライターを忘れるようでは釣り師失格である。
全くもってお恥ずかしい限りであるが。
或る日、涼しい顔で三下り半を出されてしまった気のいい亭主の心情とはこういうものではないだろうか。
などと、ふと。
ここで潔く店仕舞い。
天気予報ではそろそろ雨が降ることになっているから引き際の頃合いでもある。
林道の愉しさを味わいつつ。
昼下がりには早々に独り占めの湯。
サバのへしこで麦焼酎。
キュウリにつけるこの味噌はちょっと違う。
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