尺岩魚 釣り師の心理が表れる
梅雨の短い晴れ間。
入渓して間もなく、掛けた岩魚を取り込んでいるB場ちゃん発見。
横目で見ていると彼のサオは頻繁にしなっている。
しかも、九寸から泣き尺あたりをきれいに揃えてくる。
この日。
僕としては、一投目から瀬尻や肩で気持ちよく掛けるような釣りがしたかったのだけれど、それほど活性が高いわけじゃなくて、白泡や瀬脇の深みを何度も叩いて底に貼りついた魚を浮かせて食わせる根気のいる釣りである。
B場ちゃんは律儀な苦労人である。
安定した釣果から察するところ、この類の釣りも得意に違いない。
そうそう顔に出さない男であるが、燻らせる煙草の煙には極上の心地良さが見て取れる。
さて。
つい、副流煙に釣られて煙草を喫っちゃった僕としては、どこか小物専門釣り師にでもなったような心境。
まあいい。
満更、貧果というほどでもなさそうである。
渓魚というものはヒレピンに限る。
互いに口には出さないけれど、そのあたりがこの釣りの核心ではないだろうか。
どうにか泣き尺。
これぐらいを越えてくると面相が違ってくる。
さて。
この尺岩魚に関しては、釣れる瞬間まで全く念頭にあったわけではない。
尺上は釣れる時に釣るとしか言いようがない。
けれど、その時の状況で神のみぞ知るなどと言うのはいかがなものか。
ライズの主。
これでもいずれ尺上になるわけであるから、いてくれないと困るのである。
ここでおしまい。
帰路は長い。
この道草は釣り師の特権。
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