妙高山の夏 岩魚釣り師には毒がある
お盆休みは暑すぎて、だらだらと過ごしてしまった。
この週末は暑さが和らいだから、少しぐらいは体に負荷をかけなければならない。
ここで登場するのが妙高山である。
この山は県境を越えるけれど家から近い。
山を歩くのはタダである。
麓にある温泉もタダである。
要するにそういう事なのである。
なぜ、いちいち山などに登るのかと聞かれたら、そこに山があろうと無かろうと、そのような屁理屈はどうでも良くて、山ぐらいは登れなければ岩魚釣り師として生き残れないからである。
そうは言いつつ、この山とは馬が合うと言うのだろうか。
けっこう長い付き合いである。
この日は空気が乾燥していてとても心地がいい。
山頂直下の岩場を軽々とこなす、テンかオコジョのような見知らぬお姉さん。
万一、このように体の効く向きが沢筋に参入してしまうと、釣り師の地位は脅かされるに違いない。
くれぐれも、釣りの技術を漏洩してはならない。
釣り師には危機管理能力が求められる。
ただぼんやりと山を歩いていてはいけないのである。
南峰。
鹿島槍から五竜、奥に立山。
白馬三山。
焼山と火打山。
実はこれを見たかった。
北峰。
霞んでしまったけれど、日本海が見下ろせる。
山国根性の染みついた岩魚釣り師にとって、海は馴染みが薄いのである。
北峰の火打山がきれいに見えるところには、毎年やってくる僕のために指定席が用意されている。
冷えたビールが冴える。
枝豆とゆで卵は冷蔵庫の残り物だけれど、連れて来ると心強い。
この瞬間だけは社会的格差が逆転する。
焼山は活火山である。
たまには僕が付き合ってやらねばならない。
堪えたほどに利息がついて還って来る。
この山の名物。
ほんの少しではあるけれど、毒気を帯びてしまった岩魚釣り師としては、この花を他人とは思えなくて、つい足を止めて見入ってしまう。
毒を持つ者同志の連帯感がここにある。
帰りの道中にすれ違ったおっさんの仕込み杖。
これを見逃すようでは釣り師失格である。
木刀に金物の矛先を取り付けてある。
聞けば、鍛冶屋(鉄工所のこと)に頼んで特別に誂えたそうである。
このおっさん、相当な使い手に違いない。
冒頭にこの温泉はタダであると書いたけれど、賽銭箱に心づけを入れるのが大人の嗜みであると僕は思う。
ここは混浴露天風呂であるから、湯舟の写真は差し控えなければならない。
読者諸氏のご想像にお任せしたいところである。
お湯自体は青白い濁り湯で硫黄の香りが強い。
くたびれた身体がすっと軽くなる。
君、轢かれてはならぬ。
さて。
まだ明るいけれど、少しぐらいならいいじゃないか。
身体に残る硫黄の香りが心地良い。
どれ、少し横になろうかね。
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