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2024年04月21日

わかっちゃいたけど 食いが浅い

この溪はB場ちゃんが殊更に執着する釣り場である。
けれど残念なことに、この日の彼は仕事らしい。
そのようなわけで、僕は一人で入渓するのである。

一冬越した溪は所々で形が変わり、渓魚の付き場も少しずつ変わる。

この時期にありがちな食いの浅さ。
しかも型はいまいちである。












僕は同じところで粘る釣りは嫌いなのであるが、そうしなければ釣れないのだから仕方がない。












そんな時、ゆらりと出て来た大岩魚が毛鉤を食った。
目測だけれど、控えめにみても余裕の尺上。
結論から言うと合わせ切れである。
キリキリ舞いをしながら沈んで行った大岩魚。
いずれ、B場ちゃんが釣り上げるような予感。
敢えて多くは語るまい。







多少なりとも型が出たのは昼過ぎあたり。













年を追うごとに足腰の衰えを思い知らされる。

けっこう疲れた。









帰りの道中もあることだし、今回はこれぐらいで勘弁しておいてやる。





  


2024年04月07日

雪を漕いで 痩せ岩魚

巷では黄砂が舞い、花粉が飛び、桜が咲く。
要するに、春なのである。

早春の溪。
深い雪の上に立って、長竿を伸ばして深みにエサを沈める提灯釣りを、僕はけっこう好きだったりする。
雪の固さは均一ではないから、つい足元を踏み抜いて、胸のあたりまで埋まったり、這い出したりするのもこの季節の風物詩。




いい年をした毛鉤釣り師が、イクラやミミズで岩魚を掛けようってんだから、この日は楽勝といきたかったのであるが、思いのほか食いが渋い。
要するに大幅に予定が狂う。


諦めかけた頃に釣れてきた岩魚。




曲がりなりにも尺はあったけれど、まだ痩せているネ。




雪の上を徘徊しつつ、溪の活性を感じ取る。
まあ、あと二週間くらい経ったら、毛鉤が打てるかもしれないヨ。



  


Posted by SFM at 19:37Comments(4)他の釣り

2023年11月24日

岩魚釣り師がハゼを釣る

禁漁期の慰みというわけでもないけれど、少年時代に思いを馳せ、お気楽な釣りをやってみたいと心から願う今日この頃。
それならハゼ釣りはどうかと、河口に連れて行ってくれたのはB場ちゃんである。

晩秋のある日。
わざわざ小魚と戯れにやってきた男が三人。



ハゼ釣りは僕にとって初めての釣りである。
天秤の付いた仕掛けを使うのも初めてである。
エサはジャリメである。
何だかワクワクしちゃう。

覚束ないスピニングキャストながら、底を這わせてアタリをとってみると、一投ごとにヒイラギとかいう平べったい魚が釣れてきて、ハゼどころではなさそうである。
さらに、時折フグも混じるからハリスがすぐにダメになってしまう。





それでも僕にハゼが二匹釣れた。







B場ちゃんは咥え煙草で一匹釣った。







KONちゃんは最後まで外道を釣り続けた。外道しか釣れなかった。



釣果は別として。
この男は餌のジャリメを素手で触れなくて、ピンセットなどを使ってハリに刺していたようであるが、いい年をして嘆かわしいと言わざるを得ない。




貧果というものは、往々にして誹謗中傷の応酬をエスカレートさせるものである。

もう少しハゼが釣れてくれたら、これはきっと愉しい釣りに違いない。

来年はもう少し早めの時期にやってみようか。

老後の楽しみができた。





  


Posted by SFM at 20:22Comments(2)他の釣り

2023年11月05日

岩魚釣り師にはマスは釣れなかった

禁漁から一カ月と少し。
今年も某本流筋では週末ごとにマスが放流されているそうである。



それなら沈めて引いてみようじゃないかと、B場ちゃんと連れ立って出向いて来たわけである。
因みにKONちゃんも誘ったのだけれど、腰の具合が思わしくなく、釣りどころではなさそうである。
孫と戯れているに違いない。


このところ、川に刺さるという言い回しはあまり聞かなくなった。
この男は銜え煙草で川に刺さる。




肝心の釣りはどうか。
大きな鯉がジャボッと跳ねたけれど、放流マスのアタリはゼロである。
はっきり言って掠りもしない。

小さなオイカワが一匹釣れただけである。



7番ロッドが泣きそうであるね。


今度、B場ちゃんに頼んでハゼを釣りに連れて行ってもらおうかね。



  


2023年09月26日

結局釣りに行っちゃった

このところ、いくらか朝夕は涼しくなり、寝苦しさが和らいできたけれど、猛暑の日々を生き抜いた疲れの蓄積が軽減されたわけではなさそうである。

それでも釣りに出掛けて行くのは、禁漁前に釣っておかないと、後悔しそうな危機感の表れとしか言いようがない。

意識は朦朧、足取りはよろよろ。
無理が効く歳ではないのであるが、まあ仕方がない。









多少なりとも活性は回復しつつあるようだけれど、時期が時期。
どうやっても型には恵まれない。









お腹に卵や白子が蓄えられている気配ではあるが、ペアリングを見掛けられなかったのが残念である。
やはり猛暑の影響だろうか。








まあいい。
今年はこれぐらいで勘弁しておいてやる。


気付かぬうちに、開高センセイより長生きしちゃった。
などと思いを馳せる。




日が短くなったけれど、僕はイブニングライズの釣りには不適格である。
さっさと帰って温泉に浸かろうかね。









  


2023年09月18日

秋の荒食いなんて昔の話

禁漁間近にも拘わらず連日の暑さ。
それでも釣りに出掛けて行く釣り師が二人。




KONちゃんにも声を掛けたわけであるが、孫と遊びに出掛けるそうである。
まあいい。
好きにすればよろしい。

水温は高止まり。
一日中歩き続けて釣果は各々一匹ずつ。

恐らく水中の住人たちの夏の疲れの蓄積は最高潮に違いない。




真夏からこの方、初めて入渓した釣り師は、ここは魚がいない溪だと決めつけるに違いない。
寧ろその方が僕たちにとっては好都合である。



今回は渓魚の写真はない。
一匹だけで終わるなんて思わなかったわけで、そのあたりから見通しが甘かったと言わざるを得ない。

煙草を喫い過ぎちゃった。




疲れたネ。



  


2023年09月11日

釣れない岩魚を釣るのは後味がよろしくない

猛暑と戦い、台風と戦う日々。
日中の暑さは堪えるけれど、多少なりとも夜は過ごしやすくなったところで渓魚の活性を期待しちゃうのは釣り師の業。

けれど、そうは問屋が卸さないとはよく言ったもので、往々にして甘い期待というものは完膚なきまでに打ちのめされるためにあることを思い知らされるのも釣り師である。

一等地にあたる付き場は全て空き家である。
良型はまず期待できない。

甚だ不本意ながら、まず釣れそうにないところを叩きまくって中途半端な岩魚を刺激する。





大方はスレ掛かり。
食わせて掛けたわけではない。





水面下では其処彼処で産卵に向けた気配。







努力を怠った心算はないけれど、これぐらいのが釣れ出しちゃうと手も足も出ない。








さて、帰ろう。





  


Posted by SFM at 20:32Comments(2)

2023年08月29日

朦朧とした意識で岩魚を釣る

連日、切れ目なく灼熱に焼かれ続けている我が国の民は息も絶え絶えである。
ハワイでは大規模な火災、福島県では汚染水の海洋放出強行。
要するに滅茶苦茶である。

アウトドアレジャーというものは、他人の掌の上で都合よく転がされていると思わなければならない。

さらに言うと、僕はサンマが好きなのであるが、旨いサンマで一杯やることはもう期待できそうにない。
サンマは幻の魚である。

一方、氷河期を生き抜いた岩魚という魚は僕にとってまだ身近な存在である。
けれど、時期が時期である。
全く釣れないこともないだろうけれど、そう釣れるわけでもないだろうというどっちつかずの釣り師の立場。
はっきり言えば、釣りぐらいしか行く所が無いのである。

道中の林道。
ふてぶてしく居座るサルの群れを発見。
辺りは糞だらけである。
はっきり言って汚らしい。
此奴等に比べれば、ツキノワグマの方がまだ品が良い。
「おい、お前ら。道をあけろ。俺、先急いでんだ。」
サルには覇気がよく効く。

前置きが長くなったけれど。
案の定、釣りにくいったらありゃしない。






試行錯誤とか、トライアンドエラーと言えば聞こえはいいけれど。
要するに、沈めたり、しゃくったり。
確信が持てない七転八倒を繰り広げただけである。






泣き尺である。



もう一本。




やはり尺上は出ないネ。








これが釣れ始めちゃったらキリが無い。
お開きである。



これぐらいで勘弁してやるか。
実をいうと、意識が朦朧とする。




藪に蹲っていた二ホンジカが僕に気付く。
写真を撮る間もなく跳ねて行ってしまった。


帰って一杯やろう。





  


2023年08月13日

台風が来る前に釣っちまえ。

広島の日、長崎の日が過ぎ、間もなく敗戦の日を迎える。
終わりの見えない猛暑に加え、台風を二つも相手にしなければならない。

我が祖国は連日の如く被災し続けているわけで、軍事費拡大やマイナ保険証などに精を出しているヒマなどないのである。

迎え盆の前日。因みに迎え盆はkaz13氏の誕生日、しかも還暦らしい。
下界の熱気が谷底にまで流れ込んで来そうで、釣り師としては心中穏やかではない。

全く釣れないこともないと思うけれど、過度な期待はせず、どこか投げやりな姿勢で入渓せざるを得ない。


付き場は徹底して無反応。
そこで、わざと釣れそうにないところにプレゼンテーションをすると何故か岩魚が釣れてくる。








これまで経験したことのない逆張りの釣りである。

スレ掛かりも含め、偶然の産物を拾い歩く心境。










予想に反して泣き尺。







ネチネチと釣果を重ねるB場ちゃん。
この日のクセを早々と読み取ったに違いない。








あまり細かい事を言うのはどうかと思うけれど、もう少し背筋を伸ばして取り込めないものだろうか。



まあ、単純に絵面の問題であるが、折角の良型である。





釣り終えてみれば釣果はきれいに二等分。
口で言うのは簡単だけれど、それができる相方はこの男ぐらいではないだろうか。


沢筋から離れる刹那。
息苦しい暑さの予感。




辛い夏はまだ続く。


  


2023年08月07日

スレでもいいから掛けてやる

沢靴越しに伝わってくる生温い水温。
はっきり言って気色が悪い。

渓魚たちにとっては命に係わる危険な暑さである。

水面下においても不要不急の外出は極力控えるべきであるが、時折毛鉤に掛かるのは堪え切れずにのこのこと出歩く岩魚たちである。











大半は口の外側やヒレなど、要するにスレ掛かりである。
釈然としないけれど、食わないものは仕方がない。








出掛けに師匠が持たせてくれた温泉卵。




これが釣れ始めると釣っても釣ってもキリがない。
お開きである。






疲れるとわかっていて来るのは億劫だけれど、暑いとわかっていて帰るのはもっと億劫である。






立ち寄った温泉宿は留守である。
勝手に上がり込んで露天風呂を独り占め。