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2019年06月30日

吹けよ風 呼べよ嵐

天気予報は最悪。
雨が続けば増水するのは物事の理である。

マイホーム主義を信条とされる諸氏におかれては、こんな日はわざわざ無理をなさらずに家でゴロゴロして頂ければよろしい。

要するに集団心理を逆手にとるのであるが、悪天候をよく分析してみるとそれなりにチャンスが見えてきちゃうのである。

これをやると体に堪えるからあまり気が進まないのだけれど、毛鉤釣りの現実とはこういうものである。
「マクリーンの川」というのは都合よく作られた幻想ではないだろうか。


山岳渓流では生き残ることが肝心。
リスク管理能力は日頃の積み重ねである。
ただボーッと釣りをしていてはいけないのである。
慢心や不注意は強制退場に直結する。


さて、悪天候を分析したチャンスはモノにできたのだろうか。








能書きだけは誠にご立派であるが釣果はゼロである。
要するに分析の結果は絵に描いた餅である。

風は気まぐれ、いい風もあれば悪い風もある。

こんな日は早々に見切りをつけた方がよろしい。
何故か。
ボロが出るからである。
長居をするほどボロが出る。
ボロが出る前に別れるのは大人としての分別ではないだろうか。


唯一の生体反応はこれだけである。



「蛇蝎の如く」などと例えられるけれど此奴に悪気はない。

相手を見かけで判断するようでは世に数多の魑魅魍魎を見抜くことはできない。


夕マズメには活性が上がるかもしれないのは重々承知しているけれど、昼下がりに使うこのお湯に味をしめちゃったらとてもとても。




  


2019年06月22日

雨の間隙 梅雨の岩魚 

ほんの僅かな雨上がりの一時。

短い盛期である。
釣果などこの際どうでもよろしい。
降って来るのが雨であれ槍であれ、溪に行っておけば後々後悔しなくて済む。
釣り師の煩悩など、案外その程度ではないだろうか。


どうにか型が揃う。
これはありがたい。

















少し遅れて到着したB場ちゃん。
淡々と釣果を積み重ねる。







もう一方の友。
顔に似合わず美声であるよ。





大人の火遊び。



せっかく熾した種火ではあるが、間もなく雨が降ることになっている。
そう長居はしていられない。
後ろ髪など僕には無いけれど、どこか引かれる思いとはこういうものだろうか。

テン場で過ごした一人の夜が懐かしい。


風向きが変わる。
型が落ちる。
食いが渋る。







ここでお開き。
さて、降り出す前に店仕舞い。







  


2019年06月17日

釣りに行かないという選択肢

前夜。
天気予報は頗るよろしくない。
どうにかこうにか這う這うの体で辿り着いた休日であるが、今週の釣行は見合わせである。

僕の場合、ウデを脚で補ってどうにか帳尻が合えば御の字である。
そう容易に行けるところではないから、悪条件の道中を思えば仕方が無い。

残り少ない釣り師人生。
苦渋の思いではあるが潔く決断しなければならない。

今さら時間軸に惑わされてはならない。


朝。
雨上がり。
未練がましく最寄りのライブカメラの画像を見ると雨やら霧やら。
そうでもして自身を納得させなければならない釣り師の業。


さて、行き場を無くした釣り師はキャスティング練習である。



ほんの一時。
雲の切れ間に射す薄日。
もしかしたら、それなりに釣れていたかも・・・。
などと思うのは結果論である。


こんな時。
半額の刺身の味は値段と逆相関する。

唯一の救い。


  


Posted by SFM at 21:51Comments(0)釣り師の日常

2019年06月13日

意外に高い稚魚放流の原価

稚魚放流 560円
発眼卵放流 100円
成魚放流 120円
親魚放流 90円

環境が整っていることが条件として。
放流によって15cm以上の渓魚を一匹増やすためにかかる種苗費である。

放流魚そのものではなくて、翌年以降に15cm前後まで育つ予定の次世代の渓魚一匹あたりの原価である。


先日催されたシンポジウム。
ある縁でお誘いを頂いたから、いそいそと出掛けてきたのである。






僕自身、放流魚に関して多くを語ることはできない。

詳しくは水産庁の資料をどうぞ。

http://www.jfa.maff.go.jp/j/enoki/pdf/keiryuu1.pdf

http://www.jfa.maff.go.jp/j/enoki/attach/pdf/naisuimeninfo-13.pdf

実はこれ、全国の内水面漁協にもれなく送付されているそうである。


各地では稚魚放流が盛んに行われているようであるが、実際のところ、その後の繁殖に関しては効果が低くて、親魚放流の方が効果的であることがわかってきたらしいのである。

折角の機会。
放流魚の繁殖にかかる原価を知っておくのもいいのではないだろうか。


さらに、他にもちょっとした工夫で、けっこう繁殖率を高めることができる事例が調査結果として出ているそうである。


壇上の諸氏は各々に肩書きをお持ちであるが、一皮剥けば相当に年季の入った渓流釣り師のようである。

要するに、どうせ釣るならきれいなヒレピンを釣ろうじゃないかという事なのである。

一応、この国は先進国ということになっているから、釣れりゃぁ何でもいいってもんじゃないということなのである。







さて、溪の生態系は案外捨てたもんじゃないようである。

一方、この先進国で暮らさなければならない僕たちの老後の生態系はどうであろうか。

敢えて多くは語るまい。





  


Posted by SFM at 19:29Comments(0)釣り師の日常

2019年06月09日

尺岩魚の季節

梅雨入りである。

この日。
吉と出るか凶と出るか。


午前中、僕の釣果はこれだけである。




B場ちゃんの釣果には及ばない。



この日の彼は半ドンである。
食後の一服を燻らせて引き揚げて行く後ろ姿に漂うのは大人の余裕である。



僕は一人で居残って残業をしなければならない。

そんな時、つい出ちゃったのがこの尺上岩魚である。



物事には心の準備というものが必要ではないだろうか。
けれど、釣れてしまったものは今更ながら仕方が無い。
ついつい漏れる下品な笑み。


ほんの一時だけ食いが立つ。
けれど水面から口元が出ない。
岩魚が上品過ぎると釣り師としてはやりにくい。








そこで、毛鉤を変えて流心に沈めて三つ数えてみると何故か岩魚が付いている。





にわか仕込みの付け焼刃である。
確信に欠けるけれど、まあいい。


ハルゼミが鳴き止む。

ここが引き際。










  


2019年06月02日

三度目の正直

これまで期待に反して今一つ活性が上がらなかった渓。
三度目の正直である。

他人にお金を貸す場面をご想像いただきたい。
「本当に返せよ。必ず返せよ。絶対に返せよ。」
人間という生き物は三回ぐらい念を押したがるそうである。

今度こそスゲェことになりはしないかと思いたいのが人情であるが、やはりこの世は世知辛いのである。









流心や肩では底に貼りついたまま、忘れた頃に巻き返しやポケットから鼻先が出る。
どうにもやりにくい。


ここは入渓が容易ではなく、ツキノワグマがとりわけ多い渓である。
はっきり言って、マイホーム主義者が来るところではない。
けれど、自ら相方になってくれたのがB場ちゃんである。





彼の釣果は僕より多い。
溪の活性は低いけれど、誠実さがここに表れる。


この日は何故か蚊が多い。
毛鉤を結ぶ手の甲にたかる蚊が煩わしい。

こんな時に快く煙を吐いてくれるB場ちゃんは人間蚊取線香である。




さて、来週は。

期待してもいいのだろうか。

なんだか不安になっちゃう。