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2019年07月27日

外来魚が棲む湖で泳ぐ外人たち

稜線超えの源流に思いを馳せつつ悶々と過ごす日々。

普段、あまり口には出さないけれど僕にも安全基準というものがある。
自身で決めたルールは守らなければならない。

犯人は台風6号。
暑さと湿気に悶絶しながら体中にカビが生えちまいそうな週末。

そんな僕を外来魚の釣りに連れ出してくれたのがB場ちゃんである。




うっかり合わせると手前に飛んで来ちゃいそうな外来魚たち。
そうは言っても、ドライフライでやれるのが有難い。







釣っておいてこんなことを言うのもナンだけれど。
この類の外来魚。
出来ることなら素手で触りたくないと言ったら怒られるだろうか。



横目で見ているとB場ちゃんのサオはしなる回数が多い。
彼の釣果を超えることが僕にはなかなか出来ない。











そんな時。
ジャボジャボという水音。

大型魚ではなく外人の男女である。





明るい奇声から察するところ、入水自殺の類ではなくて、蒸し暑さに耐えかねて水浴びを始めたようである。
水面下ではどのようなことが執り行われているのだろうか。
偏光グラスで窺うにも限度がある。


どうせなら。
僕たちはこっちを選びたい。




日暮れ前のホタルはどこか大石内蔵助を思わせる。




さて。
枝豆が茹で上がった時の湯気の香り。
ほんの少しでいいから。
ご想像して頂くわけにはいきませんかネ。



  


2019年07月21日

尺岩魚 釣り師に悪気は無いけれど

台風5号は朝鮮半島を通過しているようであるが、そうなると暖かく湿った空気の影響を期待しちゃうのが釣り師というものである。



そんなワケで入渓したのだけれど、ウンでもなきゃスンでもない。

要するに掠りもしないのである。

釣りなど金輪際やめて、ついでに人間もやめちまおうと思うのがこんな時であるが、僕の居場所は渓ぐらいしか無い。
それが現実である。


こんな時は火遊びに限る。
要するに焚火である。

溪にはそうそう都合よく乾いた薪などは無い。
そうは言っても、ちょっとしたコツで濡れた木や流木も焚けるのである。
お洒落なキャンプ場ではともかく、溪でこれが出来ると出来ないのとでは時に生死に関わることもある。
けれど、この類の技術では男女の出会いのチャンスは期待できない。






一瞬。
ふと。
気が流れる。

嗚呼。
ダメかと思った。

どうにか人間をやめなくて済みそうである。






さて、問題はこの尺上岩魚である。



釣れちゃったかと言われれば確かに釣れちゃってるのであるが、悪気があって釣ったわけではない。


山紫陽花の季節。




浴場の外はヒグラシの声。









  


2019年07月17日

あえなく落選 激戦区

各地では参議院選挙が宴たけなわのようである。

さて、この川の激戦振りはどうであろうか。

はっきり言って一人区どころの騒ぎじゃないのである。

県内外から押し寄せたエサ師、テンカラ師、フライ師、ペテン師。
各々腹に一物を抱えて川を蹂躙する勢いは不眠不休のコンビニ業界顔負けである。

そうなると太古の遺伝子たちが岩陰に逃げ込むのは当たり前で、わざわざ出て来いと言うのが身勝手な話である。

結果的に票を潰し合い、揃って落選するのが理というものである。

故あって。
時にはこのような常在戦場でも釣りをしなければならない。



頗る開放的な渓相。
キャスティングのストレスはゼロである。
お察しのとおり釣果もゼロである。
敢えて多くは語るまい。





B場ちゃんの釣果もゼロである。
膝の回復を計りつつ、残り少ない釣り師人生の配分に思案を巡らせているに違いない。




まあいい。
差し当たり、どうにか溪に立てれば御の字なのはお互い様である。


結局のところ、この日に出たのはツキノワグマが二頭である。






さて、新メニューの登場。
比類なきスペシャリテ。



残念ながら僕には作ることが出来ない。



  


2019年07月13日

愛想の悪い岩魚たち

このところの日柄はお世辞にも良いとは言えない。
「入渓のタイミングは入念に見極めなければならない。」
などと偉そうなセリフを吐いておきながら出向いてしまう釣り師の業。
わかっちゃいるけれど、ついつい。

身近な釣友を思うにつけ、腰痛、膝の不具合、軟骨の摩耗、痛風。
どれをとっても五体満足とは言い難い。
山岳渓流に関しては過去の人々である。
明日は我が身。
焦りの表れと思っていただければよろしい。
要するにそういうことなのである。


付き場は泡の底。
ドライフライの先にウェットフライを結んで泡にぶつけるネチネチした釣りである。
因みに、ネチネチした人間とのお付き合いは極力差し控えたいと僕は思う。


本題である。
思わぬところで思わぬ良型。
合わせ切れで持って行かれたのは意外なことにドライの方。

そもそもドライで掛けたいのが人情である。


泣き尺。




もう一本。





後にも先にもこれだけである。




ついつい見惚れてしまうけれど、これを食べるのは僕ではない。



帰りの道中。
単車の音に驚いて林道に飛び出したのは瓜ン坊。




これが咲くと山越えの季節なのだけれど。









  


2019年07月07日

暦の上では最盛期

今釣らなきゃいつ釣るのだろうか。
それぐらいの自覚は僕にもある。

そうは言っても。
この日。
また。
貧果に耐えなければならない。






流速のある白泡に絡ませて漸く出るのが木っ端岩魚。
けれど実は食っていない。

僕にはお手上げである。
やれやれ。


長雨の後の崩落。
流れの筋が変わる。




さて、理由なき焚火。



沢筋に立つ煙は少しばかり目に沁みるけれど、この香りを僕は好きだ。
溪のお土産はTシャツが纏う残り香。