2017年03月14日
フライロッドが覚醒する、元カノの面影は思い出せない。
先日のキャスティングの練習に誘ってくれたのはN川さんである。
僕のキャスティングの崩れを見かねて、声をかけてくれたのだと思われる。
ここは素直に甘えていいのではないだろうか。
友人というものは真にありがたい。
彼の家の近くの広い芝生のある公園に出向いたのであるが、最近は若かった頃のことを思い出すことが多くて全くもってよろしくない。
この公園は、僕が二十歳だった頃の元カノ(今の人達はこんな呼び方をするのだね)の家の目の前なのである。
僕にはやましいことは微塵も無いから、気にする必要などさらさら無いのだけれど、要するにそういうことなのである。
三十年以上も昔のことなど、今更どうでもよろしい。
今、大切なことはキャスティングのループなのである。
彼のループは常に安定している。
仲間内ではピカ一のキャスティングをする。
空白期間があってもほとんど崩れることはない。
N川さん、頼りにしてますヨ。

僕の場合は、時々出てくる正しいループを、偶然の産物にしないように体に覚え込ませることを優先しなければならない。
釣り場ではキャスティングのことなど考えなくても、無意識に息をするかの如く、その場面に対応できるループを繰り出せなくてはならないのである。
分不相応な贅沢ではあるけれど、数釣りと併せてゲーム性も高めたいのである。

お互いに一通り振った後は、持ち寄ったサオとラインを組み替えて感触を試してみた。

これが実にいけなかった。(ホントはけっこう良かったのだけれど)
扱いにくいと思いながら振り続けていたサオが、ふと気まぐれに一番手重いシューティング・ヘッドを乗せた途端、瞬時に覚醒しちまったのである。
護廷十三隊の卍解に相当する。
これにはたまげた。
お互いに顔を見合わせてしまった。
我が身にはあまり当てはまらないけれど、人間もちょっとしたきっかけが元で、目ざましい活躍をすることもある。
友人諸氏が一口飲んで「これはちょっと・・」などと遠ざけたお酒も、飲み方を工夫したり、肴の見繕い方で、案外捨てたものじゃないどころか、銘酒に変わってしまうこともある。
この日、僕はこのサオに対して芝生の上で自らの不明に恥じなければならない。
いけないことはまだ続く。
N川さんが、「これ、振ってみて。懐かしいでしょ。」と差し出したRPL。
最近、どこかで入手したようだ。
RPLは、僕がフライを始めた頃に慣れ親しんだサオである。
振ってみると、みるみるラインの荷重が乗ってきて、ループが安定するのがはっきりとわかる。
N川さんは横で、「ほらネ、昔のサオが合ってるんだよ。」とニッコリ。
日頃から、道具より腕と自分に言い聞かせつつ、物欲から解脱したつもりであった筈なのだけれど、再び言いようのない煩悩に悩まされる予感を感じるあたり、「まだまだ修行が足りん。」ということになるのだろうか。
この昔のサオ、懐かしいだけでは無く、相性も良かった筈であるが、いつだったか手放してしまった。後悔は後からやってくる。
尚、であるが・・・サオと元カノとは、全く無関係であると申し上げておきたいと思う。
N川さん、この日はありがとうございました。

僕のキャスティングの崩れを見かねて、声をかけてくれたのだと思われる。
ここは素直に甘えていいのではないだろうか。
友人というものは真にありがたい。
彼の家の近くの広い芝生のある公園に出向いたのであるが、最近は若かった頃のことを思い出すことが多くて全くもってよろしくない。
この公園は、僕が二十歳だった頃の元カノ(今の人達はこんな呼び方をするのだね)の家の目の前なのである。
僕にはやましいことは微塵も無いから、気にする必要などさらさら無いのだけれど、要するにそういうことなのである。
三十年以上も昔のことなど、今更どうでもよろしい。
今、大切なことはキャスティングのループなのである。
彼のループは常に安定している。
仲間内ではピカ一のキャスティングをする。
空白期間があってもほとんど崩れることはない。
N川さん、頼りにしてますヨ。

僕の場合は、時々出てくる正しいループを、偶然の産物にしないように体に覚え込ませることを優先しなければならない。
釣り場ではキャスティングのことなど考えなくても、無意識に息をするかの如く、その場面に対応できるループを繰り出せなくてはならないのである。
分不相応な贅沢ではあるけれど、数釣りと併せてゲーム性も高めたいのである。

お互いに一通り振った後は、持ち寄ったサオとラインを組み替えて感触を試してみた。

これが実にいけなかった。(ホントはけっこう良かったのだけれど)
扱いにくいと思いながら振り続けていたサオが、ふと気まぐれに一番手重いシューティング・ヘッドを乗せた途端、瞬時に覚醒しちまったのである。
護廷十三隊の卍解に相当する。
これにはたまげた。
お互いに顔を見合わせてしまった。
我が身にはあまり当てはまらないけれど、人間もちょっとしたきっかけが元で、目ざましい活躍をすることもある。
友人諸氏が一口飲んで「これはちょっと・・」などと遠ざけたお酒も、飲み方を工夫したり、肴の見繕い方で、案外捨てたものじゃないどころか、銘酒に変わってしまうこともある。
この日、僕はこのサオに対して芝生の上で自らの不明に恥じなければならない。
いけないことはまだ続く。
N川さんが、「これ、振ってみて。懐かしいでしょ。」と差し出したRPL。
最近、どこかで入手したようだ。
RPLは、僕がフライを始めた頃に慣れ親しんだサオである。
振ってみると、みるみるラインの荷重が乗ってきて、ループが安定するのがはっきりとわかる。
N川さんは横で、「ほらネ、昔のサオが合ってるんだよ。」とニッコリ。
日頃から、道具より腕と自分に言い聞かせつつ、物欲から解脱したつもりであった筈なのだけれど、再び言いようのない煩悩に悩まされる予感を感じるあたり、「まだまだ修行が足りん。」ということになるのだろうか。
この昔のサオ、懐かしいだけでは無く、相性も良かった筈であるが、いつだったか手放してしまった。後悔は後からやってくる。
尚、であるが・・・サオと元カノとは、全く無関係であると申し上げておきたいと思う。
N川さん、この日はありがとうございました。